印刷教育の発展を期す(第2報)


国際印刷大学校学長 
     木 下 堯 博
E-Mail: kinoaki@mpd.biglobe.ne.jp

1、はじめに

 2000年6月3日の印刷教育研究会の総会はdrupa2000から帰国直後であったため出席出来ず,あらかじめ標題の第1報をドルパ出張前の5月15日に事前情報として提出した。そこには第4章の新しい芽生えと第5章の結論を保留にしていた。この第2報はdrupa2000をふまえて印刷教育研究の流れと将来の展望に関して第1報を骨格に「印刷教育の発展を期す」(第2報)をまとめたものである。
 著者は1964年(昭和39年)にドイツ留学をし、ヨーロッパ各地の印刷教育・研究機関を訪問した。同年11月の日本印刷学会秋期研究発表会でその成果を報告して以来、今回のドルパ2000で6回目の渡独となった。1965年(昭和40年)全国高校印刷科教育研究会が発足したのはドイツ留学がその契機ともなった。1985年(昭和60年)、著書「印刷及び画像材料」(1)の編集委員4名の印税を原資として全ての印刷教育機関(職業訓練校から大学まで)の情報交換、共通レベルの研究可能な印刷教育研究会が発足した。
 著者は初代会長として4期8年間,会の発展のため微力ながら尽力してきた。本年でこの会は15年を迎えるが貴重な論文が年1回刊行され、世界各国とも交流が持たれ将来に向け大きく飛躍しようとしている。現在は2000年(平成12年)4月に開学した国際印刷大学校で新しいヴァーチャル印刷教育の構築に向けチャレンジしている。(2)
 本論では44年間の足跡の中で印刷教育発展の経過とドルパ2000の参加並びに世界の動向をふまえ21世紀への印刷教育の展望とした。


2、新しい動向
3、ドルパと印刷教育
4、新しい芽生え
※2〜4は省略(「プランナー」の2000年11月号を参照のこと。)


5、 まとめ

 印刷教育研究会も設立されてから15年目を迎えたが会の大きな柱である印刷教育の普及はデジタル化の波にのまれて画像、情報、グラフィツクアーツなどと姿を変えてきた。又、印刷系の教育機関は15年前では全国で75校あつたが、ほとんど看板が変わり印刷は一つの要素として残っているところが多い。更に、教員の高齢化と共にこのような機関も徐々に姿を消してきている。21世紀にはまったく先細り傾向にある。しかし、新しく凸版印刷の印刷博物館(2000年10月7日開館)や国際印刷大学校(2000年6月16日)の設立もあり、公教育から私教育へ姿を変えざるを得ない状況にあり、印刷及び関連産業のサポートにより印刷教育は再構築の必要にせまられている。印刷及び関連分野の教育関係者の奮闘を期待している。(2000年9月30日記)

(全文は印刷出版研究所発行の「プランナー」の2000年11月号を参照のこと。)