人類史上最も偉大な発明
〜出版印刷文化へのチャレンジ〜


九州産業大学 
 木 下 堯 博

1.はじめに
 「2000年を迎え、今日迄人類社会に貢献してきた最も偉大な発明は何か?」 Edge(http://www. edge. org)(1)によればグーテンベルグの印刷機と活字であった。 私がその印刷分野への研究を始める動機は、1952年に開催された第1回印刷文化典(上野松坂屋)での「印刷あり文化あり」の標語と展示内容であった。
1964年、ドイツ留学中に出会ったグーテンベルグ博物館とマインツ大学で刊行している「Gutenberg Jahr Buch」(2)は、印刷研究に拍車をかけた。ちなみにこの年誌は、現在74年目(74巻)の刊行で、世界的に最も権威のある印刷学の学術書である。  1968年九州産業大学故中村治四郎元理事長の出版印刷関連の講座新設の要望により、着任して以来32年間、又、大学を卒業して44年間、グラフィックアーツ(Graphic Arts)学に関連する6つの分野の研究(2−1から2−6まで)を構築してきた(3)。
研究の目標は、出版印刷文化の発展の定量的仮説を立てて、その将来展望をまとめることであった。本報告では、第1分野の印刷画像史、第6分野の21世紀の画像情報を中心として研究の経緯をまとめた。(参考資料1)

2.グラフィックアーツ学研究
2-1. 印刷画像史
 九州各地(天草版、本木昌造、木村嘉平、マルコ・ドロ神父など)を中心に世界各地(グーテンベルグ博物館、中国印刷博物館、清州古印刷博物館など)で調査し論文をまとめて来たが、この研究の一つに、グーテンベルグが印刷機や活字を発明し、1447年に42行聖書を刊行した背景と動機の調査がある。
東洋では古くから、木版、陶製活字、銅活字が存在し、日本では世界最古の現存する「百万塔陀羅尼経」(770年刊行)があり、それらの研究がなされて来た。1300年代までに各種の書籍(例えば、佛租直指心体要節 1377年)が刊行された。
これらの事実により、グーテンベルグの発明を解明するには、東洋の影響特に、モンゴルが各地で行った紙幣発行政策もそのカギと考えた(4)。(参考資料2) また、1997年ソウルで開催された印刷文化史のシンポジュウムでは世界最古の印刷物をめぐり日、中、韓の論争があった。この決着は21世紀に持ち越される。

2-2. 印刷教育論
 製版印刷分野は美術より分化し、明治、大正、昭和の時代に、その教育を積み上げてきた。
印刷教育の根源は、出版文化の発展に貢献すると同時に理論研究から企業でのOJTまで多方面にわたり発展して来ている。
これらの基本となるカリキュラム論は、日本印刷年鑑(5)に10年ごとに4回にわたり掲載し、又、近年のデジタル対応に関する印刷教育は、印刷教育研究に論文を発表してきた。
1985年より、4期8年間印刷教育研究会初代会長として、学校教育と産業界との連携を目指して活動し、世界各国の印刷教育を比較研究してきた。その中で、1999 年に訪問した世新大学(台北市)が21世紀に向けた新しい産学共同の印刷教育を実践し、それらのカリキュラムと研究内容は注目に値する(6)。同様に、ドイツのマイスター制度をモデルとした愛知グラフィックアーツ専門学院の産学一体の運営は日本で初めてのケースとして関心を集めた。

2-3. 画像再現論
 画像再現論の中心は、ヘルツの接触理論から始まり、インキ転移論、調子再現論に至り、それらの研究は、1950年代から始まった。
早くからオフセット印刷に着目し、その調子再現や色再現の研究は高精細、ファインイメージ研究へと発展している。
Yule-Nielsen式のn値の算出も各種のスクリーン線数と用紙の種類を変化させ一定の方向性を得た。
1997年にISOに準拠したJapan Color Printが日本印刷学会より刊行され、世界標準に向け第一歩を踏み出した。
しかし、ISO 12647との比較では、2次色のG(グリーン)部のΔEが7.8とやや大きくなった(7)。これは主としてHAの変化によることがわかり、トラッピングなどに帰因することが確認された。
一方、スクリーン印刷の高精細化の応用は21世紀の10大技術の一つであるPDP(壁掛けTV)のリブ形成に利用され、擬似印刷により42インチサイズの位置精度を0.4ミクロン以下に押さえることに成功した(8)。

2-4. コンピュータ処理論
コンピュータによる画像再現としてコンピュータグラフィックスの印刷への利用、コンピュータアニメーションなど、1976年からの論文と作品制作に始まり、トータルスキャナー(CEPS)の活用、データベースの構築へと発展した。更に、1988年に韓国でのオリンピックでは、画像伝送をScitex社のシステムを利用し、実施し成功した。
又、ユネスコの活動の一環とし、世界の印刷文化遺産のデータベース化(9)を行い、2000年5月に開催されるドルパ2000やグーテンベルグ祭で発表することになっている。〔http: //www.messe-dusseldorf.de/drupa2000〕
オンデマンド印刷とCTPに関しては、日本写真学会誌(参考資料3)などに今日の動向に関し発表したが、後者のCTPに関しては、銀塩、フォトポリマーの各版材で研究し、作品制作も行った(10)。CTPは現在、サーマルのポジタイプが中心になりつつあり、画像再現性が優れている。
カメラからスキャナーに入力ディバイスが変化し、出力側もフィルムから直接プレート及び紙となり、コンピュータ容量の増大と共に、デジタルワークフローのシステムが構築され、一層ダイレクト化が進行していくであろう。

2-5. 画像コミュニケーション論
印刷画像とヒューマンインターフェースを取扱う分野で、画像評価のファージー推論、文字画像の可読性、感性のデータベースなど、物理的評価と心理的評価とを組み合わせ、因子分析などで画像とヒューマンファクターを算出し、新しい画像設計の基礎を確立して来た。
特に、高齢化社会を迎えるにあたり、本文テキストの可読性の調査で明朝体は横線巾(A)と縦線巾(B)は、A/Bの値が0.6以上が良い結果となった(11)。カラー印刷画像は網点の組み合わせがあるので、各版(Y、M、C、K)の網点が適切な角度でモワレ(幾何学的模様)が最小限となる。
これが、発生すると人間に不快感を与えるが、サーマルCTP(12)の版材では、網点再現の解像度が高いので、これらの発生確率が高い。
このように、人間にやさしい印刷画像設計が求められ、それらの研究が積み上げられている。

2-6. 21世紀の画像情報
 地球上の総人口の約60億人を超え、1996年の全印刷物出荷額は約31兆円(1$100円換算)となった。
7大陸別では、ヨーロッパが10兆5千億円、アメリカ、カナダ9兆8千億円、アジア7兆9千億円となり、うち日本は6兆円の出荷額である(13)。
日本は世界の全出荷額中19.4%となり、1990年ドルパでミュンヘン大学のWillkommらと共同研究した10年前のデータから、ヨーロッパ、アメリカは減少し、アジア、日本が増加した。日本の印刷産業(印刷業、製版業、製本業など)〔http://www.jfpi.or.jp〕の出荷額は2000年で15兆円、2010年で27兆円と推定したが、バブルの崩壊により、1992年から1994年まで前年比が減少し、1995年再び緩やかな上昇に転ずる。しかし、その上昇率は2〜3%と低く推測統計で2000年で9兆円、2010年で11兆円と下方修正した。(参考資料4)
製造業の22業種中で出版、印刷・同関連産業は、出荷額で8位にランクされているが、1998年の速報では、出荷額上位10位までの産業中、輸送用機械、電気機械産業と出版・印刷・同関連産業を除いて全ての業種が前年比マイナスとなった。特に鉄鋼業の落ち込みにより、出版・印刷・同関連産業は7位となった。都道府県別では出荷額は東京、大阪、埼玉の順となり13位の岡山県の伸びが著しい。 日本における印刷産業もデジタル化の進展により大都市中心から環境に対応した 中小都市への分散が促進されるであろう。

3.まとめ
 グーテンベルグの活字と印刷機の発明は人類社会に叡知を与えコミュニケーションが豊かになった最初のWorld Wide Webであろう。
Movable metal type(可動式金属文字、活字)はその組み合わせにより、あらゆる文意を表現することは今日のコンピュータ時代のPCと何ら変らない。
ドイツ各地で2000年2月からグーテンベルグの生誕600年を記念するミーティングが開催されているが、出版物は発明された当初の価格に比べて大きくコストダウンされてきた。現在では、インターネットで無料に近い費用で入手可能である。 印刷の出荷額は、年々着実に増大傾向にあるが、特に発展途上国での出荷額が著しい。これは、世界的に書物や新聞、雑誌の需要がインターネット上の配布にもかかわらず増大していくことを示していよう。
印刷産業の情報設備投資はめざましいのがあり、デジタルワークフローと大容量の伝送により新しい情報産業への発展と従来まで利用してきた各版式の高度活用によるニュービジネスの展開などが期待される。
 そのためにもグラフィックアーツ学の研究を一層推進しなければならない。

[参考文献]
(1)J. Brockman:The Greatest Inventions of The Past 2000 Years Edge(http://www.edge.org)
(2)Akihiro Kinoshita & Keichi Ishikawa:Gutenberg Jahr Buch、p.31〜、vol.73(1998)
(3)木下堯博:画像情報の展望、九州産業大学(1994年3月)
(4)木下堯博・石川恵一:印刷雑誌、印刷学会出版部、82[2][3](1999)
(5)木下堯博:日本印刷年鑑、日本印刷新聞社(1994年度版)
(6)木下堯博:印刷雑誌、印刷学会出版部、82[11](1999)
(7)木下堯博:カラーリプロダクション研究会要旨、日本印刷学会西部支部(1999年2月19日)
(8)木下堯博:印刷雑誌、印刷学会出版部、82[9](1999)
(9)木下堯博:平成9年度電気通信普及財団調査研究報告書(2000年2月)
(10)木下堯博:CTPに関する調査研究、九州印刷文化出版社(1997)
(11)木下堯博、広津俊二:画像技術情報、印刷出版研究所[31](1993年1月)
(12)三菱化学、富士写真フィルム、コダックポリクローム、アグファ各社の資料
(13)H. Willkomm:Deutcher Drucker、[44/25]11(1999)
参考資料1 スライド 1〜43枚
参考資料2 Studies on the Invention of the Printing in China & Korea
(九州産業大学芸術学部研究報告1999)
参考資料3 CTPとオンデマンド印刷のトレンド(日本写真学会誌1999)
参考資料4 21世紀の印刷産業(印刷新報1999)
(2000年1月1日)