知的財産データベースの構築


国際印刷大学校 学長
工学博士 木下堯博
(グラフィックアーツ学)

 日本の経済環境は2003年度も依然として厳しいものがある。かつての大量生産、大量消費の時代が終わり、高付加価値のある情報創造の時代へと変化してきている。
 2002年7月に政府により制定された知的財産戦略大綱は日本の科学技術や文化などの分野で創造性にあふれ、それらの成果が産業の発展と国民の生活向上へリンクするシステムの知的財産立国を目指している。
 日本が将来、知的財産立国として高付加価値の求め、国際協調(国際分業、国際交流など)を計りながら産業の競争力を加速しようとしている。更に環境・リサイクルなどの世界的ネットワークの形成が求められている。印刷及び関連分野もそれに関する知的財産データベースの構築が必要となる。
 昨年の秋以降、各地で芸術、文化、学術の盛り沢山の行事が開催され、それらの知財を求めながら、積極的に参加して交流を深めて来た。ここでは02年10月から03年9月までの一年間の標記に関する主たる活動内容と予定についてまとめた。
 2002年10月26日米子市を中心として文部科学省主催の第17回国民文化祭が開かれた。コンベンションセンターでは東アジア出版文化シンポジウムが行なわれ、台湾、中国、韓国の出版事情など日本と比較討論された。特に、出版物の再版制度、流通問題に焦点があった。同時に別会場では出版文化展が開催され百万塔陀羅尼経や鉛活字などが展示されていた。また、分科会では電子出版の今日の現状と将来の展望について議論された。このような地方都市で出版に関する行事がされるのは「本」→「知識」「情報」「飛躍」に関する知的構想が次世代へのメッセージとして大きく芽生えたものと思われる。
 11月7日、8日の両日、大阪では日本印刷学会の秋期研究発表会が大江ビルでおこなわれ、26件の研究発表と3件の特別講演があった。発表件数と参加者も年々増加の傾向にある。
 これは知的財産戦略大綱の影響及び技術転移機関(TLO)などの活動の一環もあるように思われる。中小企業の多い印刷及び関連産業はインターネットによる特許情報マップなどにより、知的財産の活用・流通を計り知財のビジネスモデルを構築することが必要であろう。
 11月8日に国際印刷大学校主催で大阪国際会議場にて高品位印刷画像の講演会を行なった。ヘキサクロームとHiFiカラ−画像のノウハウの講演があり、特に、ヘキサクロームはハリーポッタ−の車内刷りや表紙にも利用されている。21世紀にはこのような高付加価値を求めた印刷画像制作技術は無形の資産として評価される時代となろう。
 重要なのはこれら新しい分野をサポートするにはe-Learningによる教育が不可欠ともなる。11月8日は電気四学会関西支部が「e-Learningの最新動向」のテーマで講演と討論がなされ、大阪大学の柏原氏からWeb-based Learningの話題が提供された。
知的財産立国の実現には担い手を育成すると同時に2004年4月に設立予定の法科大学院制度がある。そこでは知財専門教育や著作権保護など知財分野に明るい法曹の養成が行なわれる。また、知財を事業として成功させるには専門技術の知識を有し、研究開発から事業化まで管理可能な人材が企業内でも育成しなければならない。
 11月6日印刷及び関連分野の印刷知識データベースに関する討論会があり、印刷の知的財産のWeb Learningが可能となる日も近い。
大阪歴史博物館で行なわれていたシルクロード展はアジア大陸を横断する古代の交易路(シルクロード)でグーテンベルグの印刷の発明も東洋の印章などにヒントがあるとの論文もあり、今回の展示はそれを示唆する資料もあった。
 活気ある大阪の街は印刷、教育、食品、文具などの分野で企業努力がなされ、それらの技術開発とノウハウは東京での経済活動に大きな影響力を与え、今後、日本の経済再生に直結すると思われる。
 これらをふまえ2003年は1月にインターネプコン展(東京ビックサイト)、2月にPAGE2003(池袋サンシャイン)、同開催中2月6日にCMS講演会(国際印刷大学校主催)、6月GEC2003(ミラノ)、日本印刷学会春期研究発表会(東京工業大学)、7月 e-Learning展(東京ビックサイト)、9月The 30th International Research Conference IARIGAI(クロアチア)、IGAS2003(東京ビックサイト)などがありそれらに参加し日本の印刷及び関連分野の知的財産データベース構築を目指すと同時に、創造性豊かな教育及び人材育成を推進することが急務であると思っている。

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印刷時報 印刷ジャーナル2003年新年号原稿
(2002年11月30日記)